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名古屋地方裁判所 平成10年(ワ)4806号 判決 2000年8月25日

本訴原告・反訴被告

彦坂キミ

本訴被告・反訴原告

王廷柱

主文

一  被告は、原告に対し、五六万〇〇二八円及びこれに対する平成九年一二月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  被告の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを一〇分し、その七を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴

被告は、原告に対し、金一〇〇万二二六一円及び内金七〇万二二六一円に対する平成九年一二月三一日から、内金三〇万円に対する平成一〇年一二月一〇日から各支払済みまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴

原告は、被告に対し、金三四万円及びこれに対する平成九年一二月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告と被告との間の交通事故について、原告が被告に対して民法七〇九条に基づいて修理費相当額の損害賠償(遅延損害金につき不法行為の日である平成九年一二月三一日から起算)及び虚偽の主張をして事故態様を争ったこと等により被った精神的苦痛に対する慰藉料の損害賠償(遅延損害金につき訴状送達の日の翌日である平成一〇年一二月一〇日から起算)を請求した事案(本訴)と、被告が原告に対して民法七〇九条に基づいて全損となった車両の交換価格ないしこれを限度とする修理費相当額の損害賠償(遅延損害金につき不法行為の日である平成九年一二月三一日から起算)を請求した事案(反訴)である。

二  争いのない事実又は括弧内の証拠等により容易に認定することができる事実

1  本件事故の発生

平成九年一二月三一日午前一〇時四五分ころ、愛知県西春日井郡豊山町大字豊場字諏訪一六八番地先の道路上において、原告が運転する普通乗用自動車(名古屋七二は二三九一、以下「原告車」という。)と、被告が運転する普通乗用自動車(名古屋七四は三五二六、以下「被告車」という。)とが衝突した(争いがない。)。

2  原告車の所有

原告は、原告車の所有者である(甲四号証、乙六号証、弁論の全趣旨)。

3  原告車の修理費用相当額

本件事故による原告車の修理費相当額は七〇万〇〇三五円である(争いがない。)。

三  争点

1  本件事故の態様と過失相殺

(原告の主張)

原告車が第二通行帯(中央分離帯よりの車線)を通行中、第一通行帯(歩道よりの車線)を走行していた被告車が、車線変更の合図をせずに、突然、第二通行帯に進路を変更したため、ハンドルを右に切って衝突を回避しようとしたが間に合わず、本件事故が発生したものであり、原告には過失がないか、あっても一割を超えないものである。

(被告の主張)

被告車は、時速約四〇キロメートルで第二通行帯を走行していたが、第一通行帯に車線変更したところ、自転車を手でひいて歩道から車道を横断しようとする老婦人を発見したので、停車したところ、その五、六秒後に原告車に追突されたものである。本件事故は第一通行帯で発生し、時速六〇キロメートルで漫然と走行していた原告の前方不注視が原因であって、被告に過失はない。

2  不当主張に基づく不法行為の成否

(原告の主張)

被告は、事故当日においては、本件事故現場に立ち会った警察官に対し、前記原告主張の事故態様を認め、自己の全面過失を自認しており、また、任意保険引受会社である東京海上火災保険株式会社に対しても同様の報告をしていたが、約一か月後にこれを翻し、前記被告主張の事故態様を主張し、原告に全面過失があると虚偽の主張したので、紛争が生じ、原告は精神的苦痛を被ったほか、時期に遅れて目撃証人を捜すなどの苦労を強いられ、示談解決ができずに本訴提起をやむなくされた。被告の右行為は原告に対する不法行為であり、原告が被った精神的苦痛に対し、慰藉料として三〇万円を賠償する責任がある。

(被告の主張)

原告の主張は否認する。被告は日本語の理解力や表現力が不十分であることから誤解を与えたことがあるかもしれないが、警察官や東京海上火災保険株式会社に対して前記原告主張の事故態様を認めたり、自己の全面過失を自認したことはなく、当初から前記被告主張の事故態様を主張し、原告に全面過失があると主張している。

3  被告の損害とその額

(被告の主張)

被告車は、本件事故により、経済的全損扱いとなり(被告車の時価額は三四万円であるところ、これを上回る修理費用を要する。)、被告は三四万円の損害を被った。

(原告の主張)

被告車は白雪が所有するものであり、被告車の損傷により、被告に損害を生じるものではない。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  前記争いのない事実等に加えて、証拠(甲一号証ないし三号証、五号証ないし一三号証、一五号証、一六号証、一九号証、乙四号証、七号証、証人白雪、原告本人、被告本人、なお、乙四号証、証人白雪、原告本人、被告本人については後記措信しない部分を除く。)によれば、次の事実が認められる。

本件事故場所は、中央分離帯によって区分された片側二車線の道路(以下「本件道路」という。)上であり、本件道路の本件事故場所付近においては、最高速度が五〇キロメートル毎時に制限されており、駐車禁止の規制がなされている。本件事故場所から進路前方約三〇〇メートルに信号機の設置された十字型交差点があり、直進すれば名古屋空港の敷地に入り、左折すると小牧方面に至る道路状況となっている。

原告は、本件事故当時、小牧方面に所用があり、原告車を運転し、本件道路を東に向かって時速約六〇キロメートルで走行していた。原告は、当初第一通行帯を走行していたが、第二通行帯の方が空いていたので本件事故場所の約三〇〇メートル手前で車線変更して第二通行帯を走行していたが、右交差点を左折するつもりであったからほどなく第一通行帯に戻ろうとしていたところ、その矢先に左斜め前の第一通行帯を走行していた被告車が合図もなく第二通行帯に車線変更して原告車の前に入り込んできた。原告はブレーキを踏み、ハンドルを右に切ったが間に合わず、原告車の左前部が被告車の右後部に衝突し、本件事故が発生した。右衝突により、原告車の左のヘッドランプ等、被告車の右のテールランプ等が破損し、その破片が第二通行帯の中央分離帯付近に散乱した(なお、乙五号証の供述記載は、甲七号証の供述記載を一部訂正するものであるが、右散乱した場所が他の場所であるとまで訂正するものではなく、その内容は慎重を期して本件事故場所についての断言を避けたものと理解され、甲一二号証、一六号証に照らして右認定を左右するものではない。)。

本件事故後、被告は、右衝突の直前に被告車の前を自転車で横断した老婦人がいたとして同女を追いかけて呼び戻し、言葉を交わしていたが、原告に対しては詰問も抗議もしなかった。本件事故後に立ち会った警察官は原被告から事情を聴取し、その後西枇杷島警察署に対し、本件事故は第二通行帯で発生したものであると報告した。なお、警察は本件事故を物件事故として取り扱い、実況見分はしなかった。

2  右認定に反し、被告は、本件事故は第一通行帯において停車した被告車に原告車が衝突したものであり、前方注視を怠った原告に一方的な過失がある旨主張し、証拠(乙四号証、証人白雪、被告本人)中にはこれに沿う部分がある。すなわち、被告は義父(同乗していた白雪の父)を迎えるため、名古屋空港に向かっていたが、時間に余裕があったためゆっくり走行しようと思って第二通行帯から第一通行帯に車線変更したところ、自転車を手でひいて歩道から車道を横断しようとする老婦人を発見したので、停車したところ、その五、六秒後に原告車に追突されたと供述ないし供述記載し、証人白雪も同旨の証言をする。しかしながら、右供述等は、目的地である名古屋空港の約三〇〇メートル手前まで来ているのに、時間に余裕があったためゆっくり走行しようと思って第二通行帯から第一通行帯に車線変更すること自体が不自然ないし不合理であること(なお、甲一九号証によれば、本件事故場所付近からは名古屋空港が目の前に見渡せることが認められる。)、前記認定のとおり、右衝突によって破損したランプ等の破片が第二通行帯に散乱していたこと、本件事故後に被告が老婦人と原告に対してとった前記各対応などに照らすと、いずれも前記被告の主張に沿う部分は採用することができず、他に1の認定を覆すに足りる証拠はない。

3  1に認定した事実によれば、本件事故は、被告車を運転中、名古屋空港に進入するため、合図することなく第二通行帯に車線変更した被告の過失に主たる原因があってもたらされたものと評価すべきである。

しかしながら、他方において、原告にも従たる原因となる過失が指摘できないではない。すなわち、原告は、制限速度を毎時一〇キロメートル程度上回る速度で走行していたのであり、そして、前記衝突状況(原告車の左前部が追突に近い形で被告車の右後部に衝突している。)からすると、被告車の車線変更に気付くのが遅れたか、あるいは、発見後の回避措置が緩慢であったということができる(衝突したのは被告車の車線変更直後である、との原告の供述は右の限度で採用できない。)。

以上によれば、本件事故の発生についての原告と被告の過失の割合は、原告二、被告八と評価するのが相当である。

4  よって、被告は、原告に対して、原告に生じた修理費七〇万〇〇三五円から右過失割合に応じてその二〇パーセントを減じた五六万〇〇二八円を支払うべき責任がある。

二  争点2について

原告は、被告が本件事故現場に立ち会った警察官や任意保険引受会社に対し、前記原告主張の事故態様を認め、自己の全面過失を自認していたが、約一か月後にこれを翻し、前記被告主張の事故態様を主張し、原告に全面過失があると虚偽の主張をしたので、紛争が生じ、原告は精神的苦痛を被ったほか、時期に遅れて目撃証人を捜すなどの苦労を強いられ、示談解決ができずに本訴提起をやむなくされたと主張し、これに沿うかのごとき証拠(甲八号証、一二号証、原告本人)がある。しかしながら、右証拠中、被告が当初、警察官等に対し、本件事故が第二通行帯で発生し、自己の過失を全面的に認めていたとする部分は、原告の想像を交えた供述記載であったり、また、被告がどのように述べていたかについて具体性に欠けるものであるうえ、証拠(被告本人)によれば、被告は中国人で日本語に堪能でないと認められることからすると直ちに採用することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

次に、本件事故後本訴提起前において、被告は前記被告主張の事故態様を主張して原告に一方的過失があるとし、さらに本訴反訴を通じて右主張を維持していることは被告も自認しているところであるが、これが(原告の主張からは必ずしも明らかではないが、)主張の変遷とは関わりなく原告に対する不法行為となるか否かについても念のため判断する。当裁判所は、前記被告の主張を採用しなかったのであるが、被告の主張が結果的に容れられなかったことから直ちに不法行為を構成するとは限らない。それが不法行為となるのは、その主張にかかる権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠き、かつ、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのに右主張を維持し、応訴、提訴に及んだことを要すると解すべきところ、本件においては被告の主張を裏付ける証拠が皆無であったとはいえず、その主張にかかる権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠き、かつ、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて右主張を維持し、応訴、提訴に及んだとまで認めるに足りる証拠はない。

したがって、争点2に関する原告の請求は理由がない。

三  争点3について

被告は、本件事故により、被告車が全損扱いとなり、三四万円の損害を被ったと主張する。

しかしながら、証拠(乙三号証の1・2、証人白雪、被告本人)によれば、被告車は白雪が所有するものであると認められ、他方で、被告車の損傷により、被告に損害を生じたことを認めるに足りる証拠はないから、その余の点を判断するまでもなく被告の請求は理由がない。

四  以上の次第であって、原告の本訴請求中、修理費用相当額については五六万〇〇二八円の限度で認容し、その余の修理費用相当額及び争点2に関する請求は理由がないからこれらを棄却し、被告の反訴請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田弘明)

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